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20年後はどうなるかな 
今日、無事病院に行ってきたわけですが・・・
ふと待合室で思ったこと。


最近は待合室での混雑を避けるためと、待ち時間を少なくするために診察予約ができる病院も多く、私が通うこの病院も『iチケット』なる順番予約システムを導入済み。
時間予約ではなく順番予約なので、予約した順番に診察がすすむ。

この予約システム・・・
パソコンと携帯から予約できるうえ、携帯のメアドを登録しておくと自分の予約番号が近づくとお知らせしてくれるという便利機能つき。もちろん自分からアクセスして、「今、何番を診察中か」、「だいたいの待ち時間が何分か」・・・なども閲覧できる。具合が悪いのに何時間も待合室で待たされるのはたまったものじゃないので、便利なシステムこの上ない・・・・・・・・と思うが、本当にそうだろうか???と思ってしまったのだ。

パソコンや携帯電話での予約ができないような年代の人は、相も変わらず病院の窓口で順番を予約しなければ診察を受けられない。しかも、携帯電話のメアド登録なんてできないお年寄りは、ただひたすら名前を呼ばれるまで待合室で待ち続けているのだ。
後からふいっときて5分も待たずに診察を済ませ、とっとと帰る若者を恨めしく見ながら、ただただ待合室でまだかまだかと待っているしかないのだ。


私はパソコンが家庭に普及しだしたとき、携帯電話が個人に普及しだしたとき、、、、たまたま20代だったので、その変化とそれに伴う多種多様なサービスの変化も、あまり苦労なく受け入れられている。なんとか現在までは。
でも、この先20年。何がどー変わるかなんて誰にもわからない。だって私が中学生のとき、電話にコードがなくなってしかもそれを外に持ち出してどこでも電話が受けられるなんて・・・・、親指ひとつでピポパポして電車の中で買い物したりニュースみたりテレビみたりなんて・・・誰も想像していなかったもの。


私が70歳や80歳になったとき、安心して病院に通えるだろうか?
受付嬢なんていなくなって、ロボットみたいな受付マシンに
『エラーです。エラーです。ハイパーホスピタルカードとIDカードをスキャンして予約シリアルコードをエントリーしてください。10秒以内にリスキャンしないと○×△エラーにつきシステムクローズします』とか小難しいこと言われてあたふたしちゃうんじゃないだろうか・・・と、なんだか心配になってしまったのだ。


待合室で長く待つ人に申し訳ない気持ちになりながら、すんなり診療をすませた私はなんだか暗い気分になって帰宅したのでした。
 
Aki #-
 
便利になるって難しいよね。

使う側が便利になってるように見えて、使わせる側の勝手だったりするからね。

最近、ビジネスホテルなんかで、自動チェックイン機を導入してるところがあるけど、フロントにも人がいるくせに、「ご自分でやってください」ってつっぱねたりするんだよ。そのくせ、バカにしたように指図するんだよね。ご一緒したおばさまが気の毒だったよ。


便利にするなら、するなりにみんなが便利になるような工夫がほしいよね。
それがサービスだと思うんだけどな。
madame #-
 
■Akiちゃん

だよね。サービス向上と便利さ向上って同時になればいいけど、えてして相反したりするからね。どんな人にも同じサービスを・・・って理想だけど、なかなか難しい。

思うんだけど、「本当にこれってみんなに便利かな?やさしいかな?」って立ち止まれる人がどれだけいるか?ってのが重要なんじゃないかな。パソコンと携帯とあと”FAX”でもいいですよ・・ってなるだけで、だいぶ違うのに・・・って思う人がいれば、やさしい国になるんじゃないかな?
Aki #-
 
たとえばさ、最近は歩道橋にもエスカレーターがついてることがあるけどさ。
あれも、健康な人が考えるわけじゃん?

私、膝が悪いから、エスカレーターやエレベーターのある所では、絶対にそっちを使うの。
特に下り。

でも、どっちか1つしかつけられない場所って、大抵上りになってるでしょ?

楽にするためにつけるんじゃなくて、危ないからつけるべきなんだよね。
そして、それなら本当にそれを必要としている人に意見を聞くべきなんだよね。

バリアフリーが謳われて久しいから、とりあえずつけました、なんてお役所仕事を見るにつけ、オイオイって思うんだよね。

あとさ、盲人用の点字ブロック。
駅のホームで点字ブロックの上を歩いてたら、柱にぶつかりそうになったことがあるんだよね。
私は前が見えたからぶつからなかったけど、あれも何を考えてるんだか・・・って思った。

そういう仕事に携わる人って、もっと思い遣りのある人じゃないとダメだよね。
つけろって言われたからつけてるような人が仕事をしてるうちは、絶対にやさしい国にはならないと思うんだ。
madame #-
 
■Akiちゃん

うん、うん、よーくわかる。私の父も足が不自由でね、意外に上り階段はすいすい上ってた。なのに下りはおっかなびっくりで慎重に降りてたよ。降りるほうが上るよりずっと怖いらしい。自分なり自分の身内がそういう状態にならないとわからないことって多いね。ひとつひとつ・・・「足の悪い人ならどーだろー」「お年寄りならどーだろー」「子供ならどーだろー」って考える余裕が、みんなの幸せにつながるのかな?

私が思うに、Akiちゃんみたいに「オイオイ」って怒り「なぜ?」「どうして?」って疑問に思う人がいることが救いかな。わからない人には「面倒くせーなー。どっちでもいいじゃん」ってなるわけでしょ?
疑問に思う人が増えてやさしい国になるといいなぁ。
まゆげうさぎ #4HMClzmU
 
 マダムの書いていることよくわかる。私もふと不安になるときがあるよ。

 たまたまそういう仕事だったからパソコンも使えるようになったけど、結構年配のお客様が苦労して勉強しているのを見てきたよね。私があと何年かしたらそういう部類の方に入っちゃうのかなあ。とも思うよ。

 娘なんかは、学校で「電子辞書」を見てきたりしてさ。英語の辞書は「電子辞書」がいいなと言ってきてさ、私は、便利なのはわかるけど、やっぱり辞書は手引きでって思いがあって、買ってあげたくないです。
検索して一発で出てくる電子辞書より、紙のを何枚もめくってその間にいろいろ寄り道したりして、単語を引いてっていうのが勉強じゃん!!って思うのよ。

 まあ、辞書が引けるようになったらその次のプロセスで電子辞書っていうのは良いと思うのだけどね。
madame #-
 
■まゆげちゃん

そうだね。「簡単に」情報をゲットできるっていうのは便利な反面、その探すっていう行為に重みがなくなるんだよね。
どこにその情報があるんだろう?どんな分野の本にならそれが載っているんだろう?と、図書館に行き書籍を探しページをめくり私たちは宿題をこなしたものだけど、今はどこの家庭にもパソコンがあるよね。検索サイトでキーワードさえ入力できればほいほいと情報があふれていて、その情報元がどこなのかさえ知らなくても回答はゲットできる。誰かが書いた文章を右クリックだけでゲットできるなんて(しかもそれをそのままペーストするだけて提出する子もいるとか・・・?)、よくない傾向だなぁと思うよ。
書籍のページをめくれば、その前後には違った情報も書かれていてそこからまた何か探求しようとする気持ちが現れたりするものじゃない?それが電子辞書やネット検索とはまた違ったものだと思うよ。
私も電子辞書はまだ先でもいいんじゃない?っていう方に1票かな?いつかその苦労は蓄積されてチカラになると信じたいね。

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